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ショコラ日和

海外文通を通して、世界の友達と井戸端会議しています。

無くては無らないものになりつつあるもの


A Rainbow of Sticky notes

付箋の消費量がものすごい。

手帳に付箋でスケジュール管理するという方法を

試したことがある。

ペンで書き直すと手帳が汚くなっていくけれど

付箋でならスケジュールの移動も楽々!ということで付箋。

 

やってみましたとも!

結論、「几帳面な人に向いているやり方です。」

私には向いてない。

付箋って、取れやすかったりするので、イライラして糊付けして、

「…付箋の意味ある?」と自分でも思ったり。

私には手帳に直接ペンで書くほうが楽だった。

 

手帳もいまはスマホのアプリになってしまい、

ノートは”文通ノート”のみ。

パルたちの住所や誕生日を最初に書き、

大体3分の1くらいのところから、書き始めているのは

出した手紙の内容やパルから受け取った手紙の内容。

「前にも書いてた同じ内容…メイ、ついにボケたか?」と

思われないようにするため。

 

このノートにパルたちが書いたり話した真似したい英語表現も

いつか使おう、とメモっているので、ノートをめくるたびに

手紙の内容とセットで英語も思い出す。

単語より文章で覚えたほうがいいと単語を覚える鉄人たち

(私ではない)は言うけれど、

文章やそのときの状況も含めて覚えると、忘れにくいのは

事実だと思う。

 

それでも、覚えにくい単語がある。

あぁ…これ、前も調べたから調べたくない!でも、忘れた…

という単語のとき、付箋に書いて壁に貼る。

覚えたい文章も付箋に書いて壁に貼る。

面倒くさいので日本語は書かないため、夫に

「これ、どういう意味?」と聞かれ、

「えーっと。。。」と覚えてないときはまた辞書を引く羽目になる。

 

子どもたちが留守の時にかかってきたお友達の電話も

付箋にメモして机にぺタ。

こどもの置手紙もついに付箋に。

あまりにも付箋の消費量が多いので、100均で付箋を買ったら

信じられないほど糊がついていて付箋がちぎれた。

付箋、あなどりがたし。

 


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子どもにピアノをさせるということ


子どもの習い事にはピアノが一番、脳によい影響を与えるらしい。
私はピアノの音が好きなので、子どもたち3人にもさせている。
習い事は数えの6つで始める、という昔からの教えに従い、
まぁ、そのへんで。(つまり早かったり、遅かったり適当)
ピアノをこどもに習わせるとどうなるか、ちょっと紹介したい。

今年も子どもたちのピアノ発表会が近づいてきた。
子どもたちのピアノの先生はかなり高めの課題曲を生徒たちに出し、
2,3か月かけて生徒たちは練習する。
そして、とても完成度の高い発表会。

こどもたちのピアノ発表会はアクシデントが多く
とても面白い。
プログラムで決まっている曲を「好きな曲から弾いたの~」と
順番通り弾かなかったり、
弾く前にピアノの前でお辞儀するのを忘れて、
「お辞儀~!」という舞台袖の先生からのジェスチャー
ピアノに向かってお辞儀して、(花子です…)
「柔道場ちゃうねん!」といつまでも突っ込まれたり、
緊張のあまりどこを弾いているかわからなくなり、
3回目のリピートを始めたり…先生に肩をトントンされて、
無理やり終了させたり(花子です…)、
最後の「バーン!」とかっこよく終わるところで、
一オクターブ間違えて「ポーン!」と終わって、みんなが
吉本のようにずっこけそうになったり…(花子ですとも!)、
あれ…全部、花子か。。。
花子のおかげで年々、心臓に毛が生えてきているのか。
今年は完璧!と思った年にインフルエンザで弾けなかったり…
子どものイベントはトラブルの匂いしかしない。

そして、今年は次郎の初発表会参加で、我が家は子ども3人参加。
花子は初連弾。
連弾、二人で弾くのだけれど、合わせるのは最後の最後で
それまでは別々で弾いて練習する。
それぞれ別々だと出来上がっていた…。
それなのに、最初に連弾したときに全く合わなかった。
「まだここ?私ここよ。」と連弾のハズなのに二人が弾いているところが
気づくとずれる。
二人がそれぞれのリズムで弾いていて、
どちらも相手に合わせる余裕はなし!
これ、どうするの?どうなるの?と
連弾相手の子のママとパニックになり、ピアノ漬けの日々。

連弾曲の完成は7割で
「私、仕事を休んで子どもにピアノ弾かせないとダメかしら?」と
娘の連弾相手のママさんが言い出すほどに親は切羽詰まってきているのに
当事者たちはどうかというと、、
「ちょっとスタッカートをここ入れる?」
「ペダル踏んじゃう?」とアレンジ入れてて、
お嬢さんたち、アレンジ入れるレベルまでいってないから!!
という私たちの悲鳴は聞こえてない。
ピアノ、楽しんでいるのはわかるけれど、
もうちょっと完成度を上げてくれない?と懇願。
ドキドキを味わいたい方、心臓に毛を生やしたい方、
子どもにピアノをさせるとよろしいかと。

 

ダイエットとお礼の言い方

 

夫とダイエット中。
スーパー糖質制限(三食すべて糖質制限すること)なんて無理なので
腹八分運動展開中ですが、夜になると
「ひもじぃぃぃぃい」と夫と語りながら寝ている。
私たちの中では7キロは減ったね!というひもじさなのに
1キロしか減ってない。

そんな私にアメリカのパルからメールが来た。
もうすぐ息子さんの結婚式があって、
娘さんの結婚式場見学に余念がないアメリカのパル。

"You are a very generous person and a lot of fun
to 'talk' to."
(あなたって、本当に太っ腹で、話してて楽しいわ)

太っ腹って、いま禁句だから!
generous person:気前がいい、寛容、太っ腹…

彼女はスヌーピーミッキーマウスが大好き。
ダウントンアビーと『傲慢と偏見』とドラマの話で
いつも盛り上がっている彼女に
スヌーピーの文具を送ったんです。
5000円分!
・・・ではなく、500円分。
それで、「なんて気前がいいの!」なんて言われると、
いやぁ、それ言い過ぎ…と思うのですが、
これがきっとロンドンのパルの言うアメリカ人のオーバー表現、
ってことになるのだろうと思う。

「お礼はオーバーに言うように」というのと
「3回はお礼を言うこと」と夫の母が言っていて、
それだけは守っている。
受け取った側にも些細なことでも、「まぁ、ありがとう!」と
もらったときにお礼を言い、
次に会ったときにも「この前はありがとう!」と伝える。
そして、忘れたころにも「前はありがとう!」と。
受け取った側がやりすぎ?と思うくらいにやって、
ちょうどいいくらいなのよ、というのが義母の持論で
それはそうかもしれない、と思ったりする。
感謝のオーバー表現と繰り返し、私もしようと思いつつ、
なかなか難しい。

去年、夫が運転していて私がドアを開けて降りると
ちょうど側溝の隙間が開いているところに私が最初の一歩を入れ、
ぐきっと重度の靭帯損傷をした。
「わざと私が側溝の隙間で落ちるところに停めたでしょ?
絶対わざとやろ!」とその場でもブーブー文句を言い、
その後も、「死ぬかと思ったわ」とオーバーに痛さを表現し、
「あの時はすてきな位置で駐車していただき、ありがとうございます」と
何度も感謝の言葉を述べてます。

 こういうのは得意なんだけれど…。

 

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言語交換は難しい

ロンドンのパルが私よりも漫画の新刊情報に詳しいときや
海外のパルたちが日本で限定発売されている
キャラクターのぬいぐるみ情報を知っていたり、
海外のパルたちに日本の漫画を紹介されるとき、
「アンテナ、すごいね~!!」と言いたくなる。
でも、これをそのまま英語にすると、意味不明になるので
「どうやってその情報を得たの!?」
と言い換えたりしていたけれど、
今日、ついに知ってしまった。

”You really know your stuff."っていう表現が
メイさんの言いたい「アンテナがすごい」に近いと思う。

と、アメリカ人に日本語で教えてもらいました。
「”in the know"っていう表現も同じ意味で、
よく使うよ。」とも日本語で。

言語交換するハズだったのに、最初はすべて英語だったのに、
その内、半分が日本語になり、
いまは9割が日本語。英語はちょろっとになってしまった。

言語交換は難しい!特に私のように楽にしゃべろうとする人には。
言いたいことが言えるのは母語に決まってるんだもの、
つい日本語よ。
しかも、相手は日本語がかなりできて意思疎通も楽、
となったら日本語しか出てこない。
言語交換をきちんとできる人って、本当に感心するわ~と
毎回、気づくと”日本語だけ”か”英語だけ”になってしまい
全く言語”交換”できない。
律儀にすべてのミスを修正してくれる人との会話も
正直、あまり面白くなかったし、
いろんな意味で、言語交換は難しいと改めて痛感。
ここにお金が発生していれば、
どちらももう少しきちんとするのだろうけれど、
私たちがしているのは雑談ですから。

「どんな話をしているの?」と夫に聞かれた。
甘酒、カレー、お好み焼き、モダン焼き

refried beans(メキシコ料理であんこみたいな

豆料理だけれど塩辛くて日本人が受け付けない味らしい)、

アメリカのシアトル照り焼き、(甘すぎらしい)とか

…まだ聞く?
食べ物の話しかしてませんけれど。
そういえば、合間にトランプ大統領の話も。
「アメリカで憎悪犯罪は避けて通れなくなってきている」
なんて日本語で言われると、英語で聞くよりずっしりきた。

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お腹が空く本

 知り合ったばかりのアメリカ人男性に

食べ物の本を紹介して!と言われた。

食べ物の本…と思い出したのはこの2冊。

残るは食欲 (新潮文庫)

残るは食欲 (新潮文庫)

 

 間違っても、夜に読み始めたらダメよ。地獄を見るよ。

お腹が空いてきて、ページをめくるたびにおいしそうな話ばかりで

はぁ~~~とため息つきながら読むことになる。

この本を妹に貸したら、「夜には読まないほうがいい本だったわ」と

全く同じ感想を言っていた。

 

旅行者の朝食 (文春文庫)

旅行者の朝食 (文春文庫)

 

ロシア語通訳の米原真理さん、いまはもう鬼籍に入られたけれど

通訳者として旅したあちこちで出会った食べ物などなどで

未知の世界で想像するしかできないけれど、

食べ物で世界旅行できる。

 

クッキングパパ』も『美味しんぼ』も『孤独のグルメ』も読んで、

くーねるまるた』も大好きなアメリカ人に

紹介できるようなグルメエッセイや漫画をご存知でしたら

ご一報ください。

「そんなグルメマンガがあったとは!」と

なんとか驚かせたいけれど、「そんなものまで読んでいるの!?」と

私が驚いてばかり。

アニメだけでなく、漫画も海外の人たちに教えられるようになるとは。。。

 

 

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子どもを4人東大に入れた佐藤ママ

”佐藤ママ”、子ども4人を東大に入れたというニュースに
ほぇぇ~と声が出てしまった。
東大っていうのもすごいのだろうけれど、
子ども4人を同じレベルにする、というところがすごい!
教育論などで尾木ママと熱い議論になったと話題になり、
私自身も彼女の本は読んでいないのだけれど、
子ども3人育て中の私でもわかる、このすごさ。

だってね、子どもって、同じに育てているハズなのに、
本当にすべてがバラバラ。
長女の花子は小4で成績優秀のほうだと思うし、読書好き。
とーってもマイペースで忘れ物もすごい。
先日も、「筆箱忘れてる!」と気づき、
次郎に集合場所までダッシュさせてセーフ!と思ったら
台所で箸箱発見…。
でも、「宿題やって~」といえば、「は~い」の日々。
宿題を見て苦手なところを見つけ、
「ここの単元のドリルして」とドリルを渡すと、
「え~、もぅぅぅぅ」と言いながらもドリルをする。

長男の太郎、もう制御不能。
「宿題やって」「あとで。」
「ピアノ弾いて」「うるさいなぁ。」
血管切れる…血圧上がるのは太郎のせいじゃ~!!と
夫に八つ当たりしながら、
「宿題をしていただけるかしら?」とお願いして、
ちょっと宿題ができただけで、
「あら早い!さすがですわ!きゃ~惚れる~!」と絶賛して
「俺、お母さんに褒められても、そんなに嬉しくないで。」
とか言われて…
イラァ~っときながら耐えて子どもに教えるのが
塾に行かせずに母親が子どもの勉強をみることを意味して
そのストレスや苦行はもうプライスレス。
太郎の勉強をみるだけで、花子の3倍の労力を消費。

そして、今度入学予定の次郎は、
花子の1年生のときを彷彿させる。
お勉強には困らないだろうけれど、とーってもマイペースで
先生に「次郎君、みんな終わってるよ~。」と言われて、
「うん、見たらわかる」と言ったらしい。
・・・ちゃうで、そこは周囲を見て”ちょっと急いで”っていう
メッセージを受け取ってほしいところですから~!と
先生との会話を聞いて、ここにもマイペースな人がいたか…
と愕然とした。
我が家、家庭訪問では”マイペースですね”と言われ続けるかと。

次郎は「ピアノ弾いて~」とお願いすると、
「気分じゃない」と言う芸術家肌。
硬筆も自分が頭で描いている字が書けないと癇癪を起こす。
次郎は自分の年齢に対して目標設定が高すぎるんだと思う。
我が家でもこどもの性格はかくも三者三様で…、
一言でいえば、「ややこしい」。

きっと佐藤ママだって、子ども4人の性格はバラバラで、
勉強方法や扱い方もそれぞれに違っただろうし、
それをうまく操縦して東大に合格させたその手腕、
「お見事!」と思う。
ちょっと図書館で本を借りてみようかと思った。
「反抗期はこさせないようにする」という佐藤ママ、
我が家の子どもたちはすでに反抗期のようで、
読むには遅すぎかもしれないけれど。

 

 

「灘→東大理III」の3兄弟を育てた母が明かす志望校に合格するた

「灘→東大理III」の3兄弟を育てた母が明かす志望校に合格するた

 

 

オーバー表現

 "Your English is fluent!" (あなたの英語は流暢だねぇ)

と知り合ったばかりのアメリカ人に
言われ、なんだかとても複雑になり、
あぁ、まだまだ勉強が足りないってことね、と思い知らされた。
そんな話を日本の友人にしたら、
「天邪鬼」で片づけられたのだけれど…と
ロンドンのパルに話したら、
「fluent(流暢)は言い過ぎだわ~」と言われた。
えっ?なに?どういうこと?と思ったら、
fluent(流暢)っていうのはネイティブレベルってことよ、
そこまでの道のりはすーっごく長いんだから、
あなたの英語は”Excelent"くらいね、と。
多分…褒められた?

「あなたは気づいているかもしれないけれど、
アメリカ人って、10倍くらいオーバーに表現するのよ。」と
語りだしたら、もうロンドンのパルは止まらない。
たまに私たちの会話をアメリカ人婚約者がそばで見ているので
「側にいないの?」とつい聞いたほど。

「アメリカ人のオーバー表現を聞いていたら、
もし、もっとすごいことが起きたときは
もう表現できないんじゃないじゃとすら思うわよ」と
イギリス人としてはオーバーすぎる、と思うらしい。

ホットドッグ一つ褒めるのにも
”Hotdogs are AWESOME."
(ホットドッグがおいしすぎる!)
いつもとちょっと違う天気も
”The storm of the century" (世紀の嵐)
って言う人たちだからね!と手厳しい。
まぁ、その延長線上で私の英語もfluent(流暢)に
なったわけでして…
言葉をそのまま受け取れるほど、
私も厚かましくなかったわ。

ちょっと英語ができただけで、
”Your English is great!"って言ってくれる人たちって、
それはそれで有難い存在だけれど。


「そんなこと…あるかも?」って、思える程度の
お世辞を言ってほしいわ~と思う私はやっぱり厚かましいのかも。

 

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