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ショコラ日和

海外文通を通して、世界の友達と井戸端会議しています。

ロンドンのパルが夢中な本

海外文通


私のパルは本好きが多いので、
「いま、読んでいる本は?」という話をよくする。
おすすめされた本が日本語に翻訳されている本であれば、
できる限り読むようにしている。

ロンドンのパルに、いま読んでいる本を聞くと、

”I am reading a book written by an Englishman
but a Japanese fictional story."
(私は今イギリス人男性作家が書いた
日本のフィクションを読んでいるわよ。)

彼の書く物語はいかにも外国人が書くような日本ではなく、
日本人が書くようなフィクションなの!と。
話を聞くと、時代小説のフィクションで…
あれ?それ、前にもサウスカロライナのパルから聞いた本と
なんだかとても似てる。
それはもしや”Otori"?と聞いたら、
「なんであなたが知っているの?日本でも有名なの?!」と
驚かれた。

 

www.goodreads.com

 

 

その作家、Lian Hearn、女性なのですが、
ロンドンのパルは男性だと思っていたようで、
「えっ?女性なの?知らなかったわ!
しかも彼女、日本在住よ!」と驚いていた。
私、彼女の本はまだ2冊目なんだけれど、
すごく面白いのよ~!!とロンドンのパルは
金脈を掘り当てたように喜んでいた。
知らなかった作家のシリーズものが気に入ったときのその興奮、
わかるわ~!追いつくまでがわくわくで、
追いついたら「早く次!さっさと次を書いて!」と思うのよね。
本好きあるあるかと。

『Otori』は『オトリ』ではなく、『オオトリ』という人名だったハズ。
サウスカロライナ州のパルが文庫本を送ってくれたことがある。
『Otori』をオトリ?囮(おとり)?と思いながら読むと
どうやら日本の時代小説で、人名のオオトリさんだと気づいたけれど
なんだか地名が変に日本だったり、でも、その地図がおかしかったり、
あっという間に挫折した。
さて、あの本はどこへいったのやら。
『Otori』が日本語に翻訳されたら、私も再挑戦しようかと。

時代小説は時代考証がきっちりしてある作家でないと、
「いや、その時代にこれはない」とか気になって仕方がない、と
ロンドンのパルに話して、「わかる!」と賛同を得た。
彼女も「あの時代にあの英語の言い回しはおかしい」等、
気になって仕方がない人。
類は友を呼ぶわ。。。

そんな私に年長の息子が劇でする『かぐや姫』について語った。
「ぼく、サムライの役だから!」と。
はい、ストップ―!
竹取物語』の成立は平安初期といわれているから、
その時期に侍や武士はそもそも存在してないはず。
竹取物語』には帝が遣わしたのは侍や武士ではなく、
”つわもの”兵、と書かれているのよ。
先生がこどもたちにわかりやすいように”サムライ”って言ったんだろうけれど
そこは、”朝廷の兵”とか言ってくれる?と6歳息子に語ってしまった。
語りながら、6歳相手にどんだけ面倒くさいのよ私、と
自分でも気づいたけれど。

 

日本の時代劇は観たり、読んだりするとストーリーと違うところが
気になって疲れるので、イギリスの時代劇、
『ダウントンアビー』は、そういう意味で「素敵~」と
ただただ見れて楽しいし、楽。
(『ダウントンアビー』は女王陛下でも間違いを1つしか見つけれない!
というほどに綿密な時代考証がなされているらしいけれど)
私は海外の時代劇、
ロンドンのパルは日本の時代小説と
お互いに違う国の時代ものを好んでいるところが面白い。

 

 

 


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