ショコラ日和

海外文通を通して、世界の友達と井戸端会議しています。

痩せる

 

新しい家になって、数日後、2階で昼寝をして、
ぼーっとしたまま階段を下りていたら、見事に踏み外した。
4段ほど。
アニメのように、どんどんどんどん…と落ち、しばし茫然。
それから立ち上がろうとすると、痛くて立ち上がれなかった。
二足歩行を諦め、退化して四足歩行で和室になだれ込んだ。

座っても痛い、かがんでもいたい、しゃがんでも痛い。
どうやら尾てい骨に問題があるらしい。
まさか尾てい骨骨折?!とも思ったけれど、
骨折をしたことがある私にはわかる!
これは骨折ではない。
ちょっと動くと骨の髄に響く…骨がつながってる…というのを
感じるのが骨折です。
尾てい骨の骨折はコルセットや固定ができないため、
受診しても湿布と日にち薬ということだったので、
ここは安静に…と思いながら過ごしたものの
1週間経ても痛いままで、ついには整形外科を受診する。
レントゲン撮影をしたものの問題なしだった。
処方されたのは湿布だけ。
「一応、いる?」と聞かれながら。

引っ越し後、以前よりも広くなった家。
なにもかもが遠い…けれど、痛くて動きたくない私はすべて依頼。
「花子、あれをとって」
「太郎、あれを持ってきて」
「次郎、あれを探してきて…」と1階の和室から寝たまま指示。

引っ越しして、そろそろ2週間経過したとき、
中学生の太郎が言い出した。
「制服のベルトがゆるいから、ベルトの穴を1つ作ってほしい」と。
体重測定をしてみると、3キロ減。
おぉ?!
ついでに花子も体重測定。
2キロ減。
えぇ?
夫も一緒に体重測定…
3キロ減。
ちなみに私は微動だにせず。
・・・なぜ?!同じものを食べているのに!というと、
家族中から「1階に生息しているからよ!」と言われた。
緊急事態宣言がでてから、また頑張ってステイホームをしているけれど
前の家では5歩歩けばトイレに行けたのに
引っ越し後はトイレまでが遠い。
その上、「はさみはどこ?」となってから、
屋根裏部屋で見た、2階で見た、台所で…というような証言を元に
うろうろすることも多く、無駄に動く。
こどもたちは学校からも若干、遠くなった。
積み重ねって、すごいわ…と感心していた。

先日、友人が我が家にやってきた。
「アルバムを見たい」と言われ、
アルバムを取りに屋根裏へ行き、1階まで下りて話していると
インターホンが鳴り…宅急便に応対。
以前はドアを開ければすぐに応対できたのに、
新しい家は門扉までも遠い。
その後、発熱で休んでいるこどもの担任から電話があり
電話をもって2階へ行き、終わったころにまた2階へ…と
階段を往復した私を見た友人に「それは痩せるわ…」と言われた。
リビングからどこの部屋へも5歩で行けた旧宅が懐かしい。

思いやりの英語

中学生になった太郎の学級通信に英語が書かれていた。

compassion : 思いやり

思いやり…はcompassionなのか?
クラスの一人一人がほかの人のことを考えるクラスにしよう!
という決意表明に使われた”思いやり”の英語に
compassion…。

うーん、もし、私ならkind, thoughtful, careful. consideration
なんていう単語を”思いやり”の英訳には使うかも。
中1だということを考えると、
Be kindとかBe niceでもいい気がするし…。
一言で”思いやり”を英訳するなら、私なら
considerationを選択したなぁ、と思った。

アメリカのパルたちの英語でもよくでてくるconsideration
私はいつも”思いやり”と訳していた気がする…と
過去のメールを読んだ。

Please don't think of me as inconsiderate or uncaring
to not talk much on Google Hangouts this evening,
(今夜、私がグーグルハングアウトであまり話さないからって、
私のことを思いやりがないとか心無いとか思わないでちょうだい)
→手紙でいろいろ書いたから、いまは話せないの!というときに
インディアナ州のパルが書いていた。

I guess I'm feeling so very guilty and want to know
if there's anything I can do to make up for my
inconsiderate behavior.
(罪悪感でいっぱいだから、私の思いやりのない態度の
埋め合わせがなにかできるか知りたいわ。)
→安否不明のまま入院していたインディアナ州のパルのメール…。

inconsiderate(considerate:思いやりのある、の反対)、
思いやりがない、愛情がない、とやたらとこの単語を使うのは
やっぱりインディアナ州のパルか…。
ロンドンのパルは "thoughtful"を好んで使っている気がする。
アメリカとイギリスの違い?個人の趣味レベルかは謎。

ちなみにcompassionをアメリカのパルたちとの会話で
聞いたことも見たこともないんだよなぁ…と調べると、
日本語訳としては”同情”が近い、と知る。
では、なぜ太郎の担任は”思いやり”の英訳にcompassionを
選択したのか?
多分、”思いやり”で、グーグル検索したかと…。
一番にcompassionがでてきました!
もう一歩、compassionについて調べたら、”思いやり”でも
”同情”のほうの”思いやり”って、わかっただろうに…。

小学校や中学校の先生たち、大卒で英語も自信があるのか、
学級通信に英語を多用する。
その英語が毎回、「微妙…」だと唸っているママさんたちが多い。
なぜにここで自信満々にこの英語を使った?と疑問を抱いたり、
この文法ミスに気付かないのか?と不安になったり。
中国語、韓国語、ドイツ語、フランス語、スペイン語でも同じ。
周囲には意外に「実は大学時代、スペイン語専攻でスペイン留学してたの」
なんていうママさんがいたりするんです!
おすすめはラテン語
ラテン語?!すごい!どこでどうやって学んだのですか?と
私なら面談のたびに質問攻めにする。

英語は突っ込まれやすいから、学級通信に書くことはおすすめしないわ~
なんていう話をママさんとしていたら、
そのママさんが花子の連絡帳に書かれていた先生の書いた化学式にも
「これ、間違えているし!」と突っ込んでいた。
リケジョもあちこちにいるので、化学式も安易に書かないほうがいい。
というよりも、生徒や保護者には、この程度で大丈夫だろうと
適当に先生たちが書きすぎなんだと思う。
いろいろな学部出身の保護者がいることに気づいてないのだろうな。

 

『文豪たちのずるい謝罪文』

引越しをして、そろそろ2週間。
「美人は三日で飽きる」という言葉の意味がよくわかるようになった。
「広い家も3日で慣れる」。
ものが大体、どこにあるのかもわかってきて、
家族の過ごし方もかなり固定されてきた。

1階の客間として使う予定だった6畳を私が自室のように
ものを広げてくつろいでしまうようになるとは想定外だったけれど。
しかし、これにも理由があって、和室というのは
こうもゴロゴロとしやすいものかと久しぶりの和室を堪能。
掘りごたつのある和室で、座っていろいろもできるのに
気づくと寝転がる…。

そして読書…。
積読本もあちこちにあったようで、引っ越し屋さんに
あちこちで収納されていた。
前の家にあったように箱詰めされているため(らくらくパック利用)
前の家で、いかに無秩序に私が置いていたか…というのを
あちこちの棚で本を見かけるたびに思う。
そんな積読本を棚にまとめ、読んだのは
『文豪たちのずるい謝罪文』

文豪たちのずるい謝罪文

知っている~!という有名な話もあれば、知らなかった話も。
日本文学的な解説があるのかと思えば、時代背景程度で
どちらかというと漢字や言葉選びの解説が主流で、
「へぇ」「ほぉ」と新しく知ったことばかりだった。
作家たちの言葉選びに、「いや、さすが」とうなったり、
「借金は智慧だね」(by 斎藤緑雨)とはもう名言。
勝手に居候して、出前取って、「君、払ってくれたまえ」の
一言で夏目漱石宅を去る正岡子規、それを笑える夏目漱石
友情にうらやましくなったり、
「ふさ子さんはなぜこんなにいい女体なのですか。
何ともいへない、いい女体なのですか。」(by 斎藤茂吉
という直接的すぎる文章に眩暈がしたり、
とにもかくにも忙しい。
皆さん、感情の露出が素直で激しくて…ストレスないでしょ!と
言いたくなる読後感。

でも、他人に薦めるほどに面白かった?と聞かれると、
「いや…」と思ってしまったり。★3.5くらいで。
この後に読んだ中谷美紀のエッセイ、

オーストリア滞在記 (幻冬舎文庫)

ドイツ語学習奮闘記かと思いきや、日記風…というより本当に日記?!で
半分で挫折。面白くなくて読めない…。

文豪たちの日記も大半は面白くないけれど、
その中で面白いものをみつけるために読んだであろう多くの人たち、
すごいなぁ…と感心した。

 

ピアノも引っ越し

「ほぉ~!!」と言われる大きめな家になった。
家が大きくなっただけで、お金持ちになったと言われるけれど
引っ越し代に家具代に家電代に、と貧乏まっしぐら。
小さい家から大きい家に引っ越すと、
収納もあちこちスカスカで、押し入れに箪笥を入れなくても
平積みでこと足りる。
ただ、問題が引っ越し日以降に発生。
家族全員が筋肉痛になった。
平屋で平行移動しかしていなかったのに、階段、階段の生活。
動線も長くなり、家から出てないのに足が痛い。
こどもたちも含め、みんな気づくと1階の6畳に集合。。。
なんでしょう、この落ち着く感じは。

新居に少し遅れてピアノも到着した。
旧居ではアップライトピアノがでるかどうかぎりぎりで、
運送のおじさんが「ここから入ったの?」と確認するほど。
入りましたよ!10年ほど前…。
「新居の幅は?」と運送のおじさん、びくびくしながら聞く。
旧居でぎりぎりに出して、新居でまたぎりぎりに入れるのか?と
心配になったのだろう。
新居は余裕で入ります!
前の人はグランドピアノを置いていたそうです、と話すと
とてもほっとしていた。

ピアノ運送の前にすることがある。
「傷の確認を一緒にお願いします!」と。
ここ、ここ、ここは深め、ここ、ここ、小さな擦り傷…
といった具合で、ひぃ~!!!となった。
運送屋が傷つけた!なんて言いませんとも。
うちの次郎のラジコンとか太郎のけん玉とか、
本が落ちてきたりとか…我が家で作られた傷です!
多少増えても気にならないほどです…という恥ずかしいピアノの
傷チェックが終わってほっとしたら、
「次はフローリングの傷チェック…」
いやいや、もういい!あちこち傷ついているから
どこに傷がついても何も言いませんとも!ご勘弁を~と言うと
運送屋さんも笑っていた。
そうか、みなさん、ピアノもフローリングも傷ないのか…。

肝心のピアノ運送…人力だった。
令和の時代に人力?!と口が開いてしまった。
台車でガラガラ…でいいのに。

「ピアノがないから、練習したいのに弾けない~」とか
「ピアノがあるけれど、音が狂ってて気持ち悪くて弾けない~」
というようなことを各種、こどもたちが言った。
新居にピアノもきて、
調律もされて、舞台は整っている…のに練習開始はまだ。

 

引っ越し

引っ越しを終えた。
引っ越し業者さんに梱包、開梱までおまかせするという
らくちんなプランで。
4月にそんなプランで申し込むと、目玉飛び出る見積もりが
大手の引っ越し業者からでたけれど、
その後、不動産屋さんの紹介で地域密着の業者に見積もり依頼し、
微妙な金額しか変わらない?と思いつつも
不用品の処分をしてくれる(処分費込み)ということで決めた。

梱包はともかく、開梱まで頼まなくても…
小さいこどもがいるわけでもないし、ゆっくり箱を開けていっても
いいのでは?と引っ越し当日まで逡巡したけれど、
頼んで正解だった。

小さい我が家から不用品、4t車2台分出た!
引っ越し作業のお兄さんも「奥行きすごい…」と
我が家に驚いていた。小さく見えて、でてくるでてくる…。
まずは梱包をして、その日は旧居で寝て、
翌日引っ越し、開梱、新居で寝る…予定だったけれど
部屋にうず高く積み上げられた段ボールの数々に
どこに寝るスペースが?!となり、急遽、布団だけ新居へ運ぶ。

梱包、男性二人、女性一人の3人で9時に始めて15時までかかり、
翌日は朝9時から11時まで引っ越し、13時から16時まで開梱。
梱包は詰めるだけだけれど、新居が同じ間取りではないから
どこに何を入れればいいのかが難しく、正直、開梱はいらない?と
思ったりもしたけれど、段ボールをすべて
回収してもらえただけでもよかった。

我が家は旧居で使っていたあちこちの棚6つを新居では
1部屋に集約。チームリーダーのお兄さん、
棚にAからEまで養生テープを貼って書き、
スマホで写真撮影をして、段ボールには”A上段”と書いた。
そして、それをそのまま新居で再現!
…当然、すごく時間がかかるので、お手伝いを…と
ぽんぽんと私が置いていくと、「それはそこではないです!」と
注意された…。
いや、そんなに厳守しなくていいんです、
意味なく置いていただけなので…と申し訳なくなるほど
きっちりと再現。

引っ越しのお兄さんたちのテキパキとした働きぶりも
すごかったけれど(引っ越し開始2時間で私はバテたのに)
台所担当のおばちゃんがすごかった!
梱包→開梱までしてくれたけれど、60過ぎのおばさん、
動線を考えて、種類別にまとめて…
ものすごく整理整頓された台所を新居で作ってくれた。
すごく使いやすい台所に感動!
あのおばちゃんには倍払ってもいい!!と思えるすごさで、
新居に来る友人たちに「ちょっとこの台所見て!」と
台所の戸棚を開けて整理された美しさを披露している。

発表会


ピアノの発表会が終わった。
今年はちょっと余裕かも…と思うとこうなるのね…
という素晴らしい当日演奏になった。
演奏順に報告すると、
1か月前には「仕上がっている!」と言われていた次郎、
だんだん崩れ始めてきた。
早く仕上がるとなぜか崩れていく…はピアノや楽器演奏あるあるかと。
完成度を高めていく段階で本番を迎えるのが実は一番
上手に本番で演奏できる。
次郎の演奏、途中で止まった…。
本番に演奏が止まることはいまだかつてなかったのに!
かかりつけ医に私の脈はよく飛んでいる、と言われた。
期外性収縮というもので、問題ないとは言われているけれど、
次郎のピアノ演奏が止まった時、私の脈は確実に止まった…。

そして、太郎はまさかのノーミス演奏!
いまだかつてなかったかも…。
ゆったりとしたピアノ曲で、ゆったりと身を任せ…
なんてことはできず、太郎の苦手箇所では手に汗握り、
前のめりで「ラ!低いラ!」と練習のときのように
叫びそうになるのを耐えつつ演奏終了。

最後を飾るのは本番に強いといわれる花子。
出だしからオクターブ違った…。
終わったよ…と無になってしまった。
「上手に弾けたらご馳走食べに連れて行ってもらいなさいね」と
ピアノの先生が前日に言っていたけれど、
「あら、お茶漬けの人」と花子は呼ばれていた。

今回はいつもとは違い大きなホールで、
家を買えるような「触れるだけでもありがたいわよ!」
と先生に言われるようなピアノでの演奏だったけれど、
いままでのあちこちのピアノとも違い、
ホールの音響もあり、「弾きにくかった!!」と
こどもたちが言っていた。
ヤマハだったら完璧な演奏ができたのにとでも言うかのように。
決して、そんなことはないですから…。

数週間前、ピアノの先生のお母さまが亡くなられた。
10年以上前は私もよく先生宅でお会いしては話をしていた。
我が家のこどもたちはお下がりもたくさんいただいた。
若いママさんだと思われないようにと
張りつめて花子のしつけをしていた私は
先生のお母さまに「花子ちゃんの目はキラキラだから
それだけでどんな毎日かがわかるわ。大丈夫よ。」と
言われた。
幼稚園教諭をしていた先生のお母さまも自分のこどもには
ついきびしくしてしまったことや
幼稚園教諭時代のこどもたちを見て、目がすべてを語るわ、
なんていう話を聞いたことを懐かしく思い出した。
こどもがしんどいのかな?おもしろいのかな?とわからなくなるとき
目をしっかり見ようと思ったのは先生のお母さんの影響が
大きいと思う。
こどものピアノの上達に悩んだとき、
練習量から当然なのに、
「やめないこと。続けることよ。才能があっても
辞めていく子たちがたくさんいる。」とおっしゃっていたのも
とても印象的だった。
「私にはあんなにヒステリックに練習させといて!!」
と先生は言っていたけれど、とても穏やかなお母さまだった。

発表会はアベ・マリアで始まり、アメージング・グレースも
あり、曲名はわからないけれど、お母様が好きだった曲を
先生が演奏し…きっと客席のどこかで見ているのだろうなぁ、
幸せだろうなぁ、音楽に送られて、と思った。
こどもたちには私が危篤になったら、
今回の発表会の曲でいいから、ひたすら弾くように!と
厳命しておいた。
「低いラだって!!」「止まらないでー!!」
「ペダルにごってるー!!」となかなか死ねないかも。

最期の言葉は、「もっと練習しなさい」になりそう。

挨拶回り

引っ越しの挨拶に回った。
新居のところは向こう三軒両隣方式。
旧居もほぼ生活圏が同じなので、お世話になりましたの
挨拶に伺った。

我が家の周辺には”名物おじいさん”のようなおじいさんや
「ややこしいでしょ?」とご近所さんに言われるようなおじいさん、
おじさん、おばあさん…といらっしゃる。
きれい好きなママ友がごみステーションの掃除のことで、
”細かいことを言う人”から文句の電話を入れられたとき、
「メイさん、なにか言われたことある?」と
怒りながら聞いてきた。
彼女の数倍、なにもかもが雑な私にはきっと何度も
文句の電話を入れられているに違いない!と思ったのだろう。
おほほほ、私、仲良しで会えば必ず世間話することにしているんです、
そのおばあさんと。
お互いに事情を知っていれば、「まぁ、仕方ないよね…」と
思うもの。仲良くすることが一番のご近所付き合い。

ちょっとあのおじいさんは苦手で…とよく言われるおじいさん、
私は結構、好きだったので、会えばよく立ち話していた。
引っ越しのあいさつに夫もついてきて、
私とおじいさんの会話に「そんなに仲良しだったの?」
と驚いていた。
ええ、意外に気が合うおじいさんでした。

旧居の周辺のお世話になったご近所さんたちに
お菓子を片手に挨拶して回って、意外だったことがある。
私が近所づきあいをしている家々とは別に、
こどもたちが仲良くしているおじいさんやおばあさんたちが
いたこと。
あまり付き合いをしなかったけれど、ご近所なので、と
挨拶にまわった家のおじいさんに
「花ちゃんも太郎ちゃんも次郎君もいつも元気にあいさつしてくれて
大きくなるのが楽しみだったし、
走り回る声が聞こえるのもすごくよかったのに
さみしくなる。」と言われたことが
私と夫にはとても驚きだった。
ご近所づきあいを避ける老夫婦、という認識だったので、
我が家もそれなりの距離で付き合いをしていたけれど、
こどもたちを愛称で呼ぶほどに我が家のこどもたちの
名前を知っていて驚いた。

こどもたちが生まれてからずっと周囲の温かい眼差しの中で
のびのびと育てられたことを改めて気づいた。
新しい家のご近所さんたちは、どういうご近所さんなのか、
こどもたちもちょっと不安になっていた。
私と夫も不安に思いながら、あいさつ回りをした感想は…
「住み分けされてる?!」と思うほどに上品なエリアだった。
そして、高齢化もすごく進んでいる。
平均年齢80代で夫婦二人暮らし世帯の中に
小中学生のいる5人家族の我が家、
「にぎやかになって、うれしいわー」と言われた。

あいさつ回りの範囲で夫は少な目、私は多めを主張し、
いつものように私の主張が通って若干、多めに挨拶回りした。
丁寧にしすぎて文句を言われることはない!
新居のご近所さんに手土産持参で挨拶をしたところ、
「どこまで回っているの?」と聞かれたので
「お世話になりそうなところまで」と私が話すと、
そのおばあさんに「最近は挨拶せずに引っ越してくる家もあるから
挨拶はほどほどでいいのよ。」と言われた。
「そうなんですね」と夫は相槌を打っていたけれど、
違うよ!
”挨拶せずに引っ越してきたのよ!”と根に持たれている家がある…
ということです。夫と車に乗ってから、
「挨拶は多めに回って正解だった!」という話になった。
田舎ですから…。