ショコラ日和

海外文通を通して、世界の友達と井戸端会議しています。

学校は好きですか?

学生の頃、賢い人は学校が楽しくて仕方がないのだろうなぁと
いつも思っていた。
テストに憂鬱になることもなく、
先生にあてられてドキドキすることもないのだろう、と。

親になって気づいた。
小学校は上下1割を見ていない。
いつまでも九九を覚えられない子が学校の中で忘れられ
学校を楽しく感じられないように、上位1割の子も
小学校で知的欲求を満足させることはない。

中1の花子は勉強ができる、というよりも知能指数が高いのだろう、
と思うようなタイプの子。
小学校で承認欲求が満たされることも知的欲求が満たされることも
なかったけれど、淡々と小学校に通った。
ただ行くだけ。
周囲を気にしないタイプなので、ひとりでいつも違うことを
考えているのだろうと思う。(多分、現在進行形)

現在、小5の太郎は標準よりはできるけれど、とても普通。
私の3人のこどもたちの中で、一番、学校が楽しめるタイプ。
学校は太郎のレベルのこたちに設定されているのだと思う。

そして、小3の次郎は花子より知能指数が高いと思う。
3年生の算数ドリルを「予習する?」と2年の冬に買ったところ、
3か月で1年分をほぼ一人で終わらせたのでZ会の中学受験コースに
入会。中学受験をする予定はないけれど。
3年生~6年生のカリキュラムを中学受験の塾と同じカリキュラムのZ会
中学受験コースが次郎にはぴったりだった。
(小学生コースではあっという間に終わったので割高感があった。)
添削問題も満点を連続でとったりと中学受験レベルの内容がぴったり。
Z会をすると、「頭使って疲れた。」とよく言う。

その次郎が「学校へ行きたくない」と2週間に1度は言う。
わかっていることを先生が何度も説明する。
授業の進みが遅い。
知っていることばかりを座って聞き続けるのがしんどい。
そして、「どうして学校へ行かなくてはいけないの?」と。

ここ最近の次郎は特に学校が嫌なようで、あまりにも言うので
つい中学生の花子にまで「学校行く理由って何?」と私が聞き、
内申点!出席点が高校受験にいるから。」と明確な理由をもらった。
確かに中学生には内申点というものがあるけれど、
小学生にはそれはない。
一応、「小学校には人間関係を学びに行くのよ。」とは言っている。
私がそう信じているというわけではないけれど。
ほかにも集団行動と連帯責任と意味の分からないルールを
ただ従うように刷り込みをする場所だと思っている。

どうすればいいのだろうか、なにができるのかしら、と
元教員ママさんたちに何度か相談したことはあるけれど、
「あの次郎くんなら、小学校なんてつまらないだろうね。」
と言われて終わる。
今月号もZ会の添削問題を満点とっていた次郎と同じく
満点を取っていた子たちがたくさんいた。
その数百人は次郎と同じで学校なんて面白くないレベルだろうに
どうやって折り合いをつけて小学校へ行っているのだろう。

わからなさすぎて困っている子たちを落ちこぼれといい、
優秀で学力が高く学校に満足できないこどもたちを
ふきこぼれという。
落ちこぼれと同じようにふきこぼれも親になってみると
実は結構、深刻。
学校で知的欲求を満たされないにも関わらず
そこへ平日8時間、毎日行かなければいけない。
なんの修行?いや,次郎にとっては苦行。

そうやって考えると、学校教育は一律にしているようで、
その対象は実は狭いのではないかとすら思えてくる。
飛び級制度はなくてもいいけれど、習熟度別のクラスは検討してほしい。