『僕の狂ったフェミ彼女』
あらすじは、フェミニストの彼女に振り回される彼氏の話、
以上!
本を読んでいる間中、私の中で流れていたのは「ら・ら・ら」
懐かしいにおいがした スミレの花時計
恋愛中はもっと 楽しいと思っていた
好きになるのは簡単なのに…
主人公の彼女、フェミニストの女性は大学時代の私だった!
ゼミで指導教授が言った。
「肉じゃがを上手に作れる女性ってポイント高いよね。」と。
私も言った。
「おいしい肉じゃがが作れることに性別は関係ないと思います。」
教室中がしーんとしたのを覚えている。
それは違う、と思いながらも言わなければ
気づいてもらうこともできない。
ゼミに入って最初の頃の発言だったけれど強烈だったようで、
「メイさんは、そういう人」と認識された。
それが大変だろう、と言う友人もいたけれど、
うるさいのがいるから発言に気を付けようと思ってもらえるなら
私の存在価値はそこでいい、と思っていた。
指導教授はなにも言われなかったけれど、
友人たちからは「黙っているほうが賢いのよ。」と諭された。
友人たち(いつも女性のほうがそういうアドバイスは親切にくれる)は
私に処世術を教えてくれようとした。
おかしいな?と思うことは、飲み込んどけ!と。
高校までのそうやって飲み込んだ消化不良が噴出したのが私にとっての
フェミニズムだった。言語化するって、こういうことか!と。
大学時代、”ゼミ旅行”なるものがあったけれど、「行きません」と
私は一人行かなかった。
「4年に1度くらい、そういう人がでるのよ~!伝説の人になったね!」と
院2年目の別の科の先輩が言った。
ちなみに、私の前はどんな人?と聞くと、
「あぁ、私」と言われたことは、かなりドラマチックだった。
自分のことを棚に上げて、「なんで行かなかったんですか?」と
聞いたことは覚えているけれど、彼女の答えは覚えてない。
嫌なことをいろいろ我慢して、大人になるんだぞ!と
またゼミの友人たちが説得の電話を何度もしてくれた。
指導教授に反旗を翻したとみられて不利益を被るかもしれないぞ、と。
「私の決断により被る不利益は私が受けるよ。」と話した。
私の指導教官は人格者だったとは言わないけれど、
ゼミ旅行を拒否したり、反対意見を言ったことで評価を下げるような
器が小さな人間でもなかった。
物語の中で主人公のフェミ彼女は非婚主義をとっている。
首尾一貫していて、逆に違和感があるほど。
そんなに首尾一貫している人、いる?
矛盾をはらんでいないと人間味がないわ~と思ってしまった。
私もフェミニストだったけれど、非婚主義にはならなかった。
婚姻制度は家父長制度の助長だ!とは思っていたけれど、
戸籍に×がつくことを屁とも思っていなかったので、
失敗したらそれはそれで、得るものがある、
入ってみないとわからないこともある!
恐ろしいと言われている家父長制度に飛び込もうじゃないか!と思った。
夫婦別姓を唱えるのも結局は姓に縛られすぎているように感じて
名字に執着することには違和感を感じた。
それでも当然のように私が夫の名字になると思われていたときは
それも違うよなぁ~と思ったり。
学生時代の若かりし血気盛んな私を見ているようで
懐かしい気分で本を読んだ。