アイルランドのパルから手紙が来た。
前回の手紙で彼女に「あなたの宗教は?」と聞かれた。
年賀状にこどもの七五三の写真を使ってから、
数名のパルに「あなたって、敬虔な人だったの?!」と驚かれた。
七五三は神道ですよ、
私は仏教徒です、一応、とつく程度のと答えている。
葬式は仏式になると思うわ~という程度の認識です。
私の周囲を見回すと、
祖父母までさかのぼっただけで、こんなにもたくさんの宗派がいる。
アイルランドのパルはユダヤ教で、最近、教会に通い始めたらしい。
結婚生活が長いのに子どもがいないことをラビが
とやかく言ったり、他の信者がスパイしてくる、と。
日本のお坊さんはどうなの?と聞かれた。
多分、それはラビ云々とかではなく、その人の人柄だろう。
亡き祖父が帰依していたお寺の住職さんは、
いつも斜めに見てしまう私ですら
ほぉ~っと心が洗われるような話を法事のときにされる。
それはもう宗教を超えた巧みな話術のようでもあり…と
思ってしまうのは私の宗教心のなさで、
胸に染みるのは人徳なのだろうなぁ、と思わされる何かがある。
一方で、夫の実家の地鎮祭にやってきた神主さんは、
タバコの吸殻をポイ捨てして帰った。
宗教家云々とか宗教以下の話。
「教会に通うことは続くかどうかわからないけれども、
私は神を信じる」とアイルランドのパルは書いていた。
そして、「あなたは神を信じる?」と聞かれた。
いろんな国のパルに何度となく聞かれたけれども、
”No"と答えている。
困ったときはもちろん、私の知りうる限りのお経を唱えたくなるし、
神も仏もアラーも、道端にいるお地蔵様にも手を合わせたくなる。
それはきっと、彼女の”神”とは違う何かな気がする。