先日、ちらっと私の英文を読んだ夫に笑われました。
くすっ、という感じに。
何?と聞いたら「ここに名詞はおかしいやろ」と。
ほかにも「ここに形容詞は無理」とか「目的語やで、ここは」とか、
高校時代の英語の先生を思い出しました。
「目的語って、何?」と基本的なことを聞く私に夫は目が点。
(英語はセンターも含め8割取れてましたよ、当時は)
夫は英語の文法にうるさい。もっといえば、日本語の文法にもうるさく
「ら抜き言葉」を使うと、すぐに訂正されるし、助詞にもうるさい。
いや、私、日本語は母語で、自由自在のハズなんですが…。
「単語の順番とかどう考えているの?」
と聞いてきた。
「ブルータス、お前もか。」の心境。
高校時代、点数はそれなりに取るものの、文法が怪しい私に
当時担任だった英語の先生も同じことを聞いてきた。
高校時代から、なんら変わっていないので、同じ返答をしました。
「フィーリングとか、リズム…」←本気です!
「はぁ?!」と言われました。人生で二人目。
高校時代の担任と苗字が同じ夫(つまりいまの私も同じ苗字)
同じ苗字の人は同じ質問をして、同じ回答をしたら
同じような驚き&呆れた声をしました。
高校時代は「だから、あんたは毎回同じようなところで間違えるのよ!!!」と
怒られたような気がするけれど。。。
ある程度はわかっているものの、長文になってくるとどんどん文法が
怪しいんだろうなぁ、とは思う。でも、通じているし~と
気にならないからか、そのままです。
一度、間違えていたら訂正して、とメールにいつものように書いたら
怒涛の如く、赤字で直され(某アメリカ人に)、
次回のメールから「修正箇所はどうしても気になる3箇所でいいわ」と
言ったくらいですから。
夫は文法や発音を気にするので、英語は机の上ではできるのに会話などを
しようともしない。私はその逆で、コミュニケーションツールとしての
英語なので、通じりゃいいのよ、の世界。
まさにフィーリング!(感覚)
ネイティブじゃない限り、母語じゃない限り、母語と同じ用に自由自在に…
というのは私の中では諦めの境地。
日本語でも論語や漢詩も日本人なら多少は知っているように、
英語ならスペイン語(向こうの英語みたいな感覚)やキリスト教は根底に
あるわけで、そういうことを考えると、無理じゃないかもしれないけれど、
そんじょそこらの努力じゃ無理で、私には到底、無理。
でも、英語はただのツールに過ぎず、そこからいろんな価値観や文化を
知ることはできる。
だから今日も私は「Take it easy!」と気楽に英語を書く。
にほんブログ村
くすっ、という感じに。
何?と聞いたら「ここに名詞はおかしいやろ」と。
ほかにも「ここに形容詞は無理」とか「目的語やで、ここは」とか、
高校時代の英語の先生を思い出しました。
「目的語って、何?」と基本的なことを聞く私に夫は目が点。
(英語はセンターも含め8割取れてましたよ、当時は)
夫は英語の文法にうるさい。もっといえば、日本語の文法にもうるさく
「ら抜き言葉」を使うと、すぐに訂正されるし、助詞にもうるさい。
いや、私、日本語は母語で、自由自在のハズなんですが…。
「単語の順番とかどう考えているの?」
と聞いてきた。
「ブルータス、お前もか。」の心境。
高校時代、点数はそれなりに取るものの、文法が怪しい私に
当時担任だった英語の先生も同じことを聞いてきた。
高校時代から、なんら変わっていないので、同じ返答をしました。
「フィーリングとか、リズム…」←本気です!
「はぁ?!」と言われました。人生で二人目。
高校時代の担任と苗字が同じ夫(つまりいまの私も同じ苗字)
同じ苗字の人は同じ質問をして、同じ回答をしたら
同じような驚き&呆れた声をしました。
高校時代は「だから、あんたは毎回同じようなところで間違えるのよ!!!」と
怒られたような気がするけれど。。。
ある程度はわかっているものの、長文になってくるとどんどん文法が
怪しいんだろうなぁ、とは思う。でも、通じているし~と
気にならないからか、そのままです。
一度、間違えていたら訂正して、とメールにいつものように書いたら
怒涛の如く、赤字で直され(某アメリカ人に)、
次回のメールから「修正箇所はどうしても気になる3箇所でいいわ」と
言ったくらいですから。
夫は文法や発音を気にするので、英語は机の上ではできるのに会話などを
しようともしない。私はその逆で、コミュニケーションツールとしての
英語なので、通じりゃいいのよ、の世界。
まさにフィーリング!(感覚)
ネイティブじゃない限り、母語じゃない限り、母語と同じ用に自由自在に…
というのは私の中では諦めの境地。
日本語でも論語や漢詩も日本人なら多少は知っているように、
英語ならスペイン語(向こうの英語みたいな感覚)やキリスト教は根底に
あるわけで、そういうことを考えると、無理じゃないかもしれないけれど、
そんじょそこらの努力じゃ無理で、私には到底、無理。
でも、英語はただのツールに過ぎず、そこからいろんな価値観や文化を
知ることはできる。
だから今日も私は「Take it easy!」と気楽に英語を書く。
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