日本人の友人と海外の友人たちから
同じことを言われると、「おぉ~!!」と驚く。
同じことを言ったり、同じ行動をしたとしても、
日本人の友人たちと海外のパルたちからの反応は違うことが多い。
そして、受け取られ方も違うことがしばしばある。
外国語という英語で手紙を書く私は、
きっと”フレンドリー”になっているんだろうなぁ~と
海外のパルたちから、
「メイって、本当にフレンドリーね。」
と言われるたびに思う。
それは、フレンドリーなパルたちの英語を真似するうちに
言葉がフレンドリーなだけなのでは?と。
日本の友人たちに「あなたって、フレンドリーね!」と
言われたことは全くない。
そんな中、イギリス、アメリカ、オランダのパルたちと
性格談義になったとき、
みんなが思っている私の性格と夫が語る私の性格が、
きれーいに一致し、「おぉ!」と一人、思っているときに
子ども会の役員さんからも同じことを言われた。
”You are unconventional!"
(あなたは慣例にとらわれない人ね。)と。
慣例…それが長年培われてきた効率的に動くためのものであるなら、
慣例に従う。
面倒臭がりなので、効率的に動くことは大好き。
ただ、”前の人がしていたから”とか”これまでそうだったから”
という理由しかないのなら、いかに効率よく動くか自分で考えるし、
それが前と180度違うやり方であろうと、
新しいやり方であろうと全く気にならない。
違うことをすることで発生する摩擦や人間関係やトラブルを想像し、
楽な方法という意味で”前例通り”に動く人もいるけれど、
より良い方法がわかっていて、面倒くさいやり方をするなんて無理。
「そういうあなたが大好きよ」とロンドンのパルからも
先日、告白されたばかりです。
先日も、きっぱりとNOを日本人相手に言ったところ、
「日本人ではないなぁ~、知っていたけれど。
そこは、俺なら”ありがとう”と受け取っておくわ。」と
夫に言われてしまった。
ロンドンのパルには「よくやった!!」と褒められたし、
アメリカのパルも「よくやった!」と言ってくれたけれど、
やっぱり日本人の友人たちに話すと、
「気持ちはわかるよ…でも、私にはできないわ~。」
と呆れられるやら感心されるやら。
自分の仕事を増やしたくない、責任もトラブルも嫌だ、と
私に仕事を増やす人に「結構です。」と
満面の笑みで言っただけなのに。
「私は同じことを言えないけれど…ありがとう!!」
と役員さんたちからも言われた。
どうせストレスを増やすなら、
たくさんのことに縛られて何も言えなかったことではなく、
正しいと思って言った結果のことでストレスを感じたい。
“Do what you feel in your heart to be right
– for you’ll be criticized anyway.”
(あなたの心が正しいと思うことをしなさい、
どちらにしてもあなたは批判されるのだから。)
Eleanor Roosevelt(エレノアルーズベルト)